若狭野陣屋の札座を登録文化財に!

 

若狭野浅野家は赤穂浅野家の分家です。赤穂藩断絶後、若狭野に陣屋をおき旗本として幕末まで存続しました。

文政年間、旗本浅野家は藩札を発行するため札座を建築しました。私たちは、札座の保存を目的として活動しています。

 

中世の荘園、王家領矢野荘を歩く

矢野荘は鳥羽上皇の皇后美福門院の荘園です。鎌倉時代末期、下地中分され、領家方が東寺に寄進されました。東寺百合文書に登場し、最も有名な荘園の一つです。

江戸時代の旗本陣屋を見学

浅野家の所領は東寺領矢野荘を含んでいます。若狭野陣屋は保存状態の良い旗本陣屋です。御殿屋敷跡を見た後、通常は非公開の札座で文化財について解説します。

鈴木商店の栄華を探る

相生市の南部は矢野荘浦分です。秦河勝が漂着した大避岬、地頭海老名が鎌倉から勧請した八幡宮・天満宮・弁天社、鈴木商店が建設した造船所と社宅街を探訪します。


あいおい矢野荘ツーリズム 一日で、古代・中世・近世・近現代を体感


古代の古墳

若狭野には、卑弥呼の時代の前方後円墳や終末期の方墳があります。この地の開発には秦氏が関わっていて、大避神社が祀られています。条里制を歩きながら、公地公民制・荘園制・幕藩体制などを解説します。

中世の荘園

秦氏が開発した久富保は、鳥羽王家の領域型荘園になります。やがて、西半分は東寺領矢野荘になり、東寺百合文書に文書が残りました。観光ガイドでは、荘園とは何か、下地中分・悪党・土一揆等を解説します。

近世の旗本陣屋

若狭野陣屋に残る札座です。御殿屋敷跡で旗本浅野家の歴史、札座で藩札の発行・流通を解説します。札座は登録文化財に申請する予定で調査を行いましたので、歴史的建造物の外観・内部の見方を解説します。

近代の造船都市

第一次世界大戦中、鈴木商店が播磨造船所を拡張し、社宅街を建設しました。1960年代には世界最大の建造量を誇りましたが、80年代末に新造船から撤退します。造船業の盛衰を通して日本の近現代史を解説します。